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「その言葉を待っていました」

26日の懇親会は「氷雪の門」に結局11名が集り、わいわいがやがやと3時間があっという間に過ぎていきました。再会を喜び、新旧の人たちの中には、互いに会うのは初めてという人たちもいて、皆で近況報告を兼ねた自己紹介をしました。

蟹のお店なのに、蟹なしのコース(爆)。事務局で迷いに迷った末、一番お得で、しかも品数も多く、さらにクーポン持参でワンドリンクサービス、というのに決定。ただし、カニ君がいない・・・。

(ワンドリンクは、ソフトドリンクのほかに、赤ワインや、あら、あとなんだったっけ? あ、梅サワー(自分で頼んだのはこれだったと思うけど~)なども。真昼間からだね~などと言いながら、お酒もちょっぴり飲んだのでした。

この時耳に入ったバイトとボランティア情報・・・競馬場のアルバイト。これは珍しくないけれど、お掃除ボランティアというのもあるのね。お掃除の好きな子がいたら、こういうのもいいな、などと頭の隅っこに記憶してました。場所など詳細は、今度その人が子どもから聞くと思うので、わかったら掲載します。


嬉しい報告もありました。長期間の不登校の後、学びたくなってから高校、大学と進んだ子(もう大人ですから、人、ですね)が、今春めでたく就職を果しました。心からおめでとう!


その人のおかあさんのお話の中で出てきた「『その子自身の言葉』が出て来るまで待つ」という言葉が印象的でした。そうだった、大事なのはこれだよね、と改めて思いました。借り物ではない、子ども自身の心からの声。例えば、ノー、という言葉。「このままじゃいやだ!」。古くからのアーベルの仲間である彼女の子どもも、この言葉を発しているのですが、これと全く同じ言葉を発し、新たな道を歩みだした子どもを、私は他にも3人ほど知っています。


4人全員に共通しているのは、彼等のそばに、親以外の、大人や仲間の存在がいたということです。不登校その後、ということを考える時、新しい一歩を踏み出した子たちの周りには、きっと仲間ができる前に、まず親と、そして親以外の誰かが関わっていたり、見守ってくれたりしているのではないでしょうか。その誰かは、学校の担任でも、習い事の先生でも、訪問タイプのメンタルフレンドでも、家庭教師でも、あるいはフリースペースやフリースクールのスタッフでも、医療機関のカウンセラーや相談機関でも、あるいは親戚のおばさんでも。不登校の親の会の中の、誰かおかあさんだっていいわけです。要は子どもと利害関係のない人で、よき理解者であれば。いや、それより、子どもがその大人なら信頼できるという大人。その子自身が年齢と共に成長する部分と、その子のペースにあった十分な時間と、偶然にしろ必然にしろ周囲の環境(出会い)があって、動き出したのではないでしょうか。


タイトルの「その言葉を待ってました」は、彼女(おかあさん)が、子どものノーを伝えた時、横湯先生が言われた言葉だそうです。示唆に富んだ言葉だと思います。子ども自身の言葉が出て来るまで、周囲は忍耐して待ちましょう、ということですよね。これが、まあほんとに、大変なのですが^^。


もう一つ、最近参加された方の言葉もとても印象的でした。その方が相談先で仕入れた言葉。「子どもと同じ窓から見てください」。そして、それを見ている自分もいるのがよいとのこと。初期からの別の仲間が言った「心に寄りそう」というのは、子どもと同じ窓から見るということと同じなんだなと思います。同じ窓から見ているのだけれど、それを見ている自分もいる、ということは、子どもと一緒に、子どもの悩みや辛さに巻き込まれるのではない、ということなのでしょう。


「心に寄りそう」というのはよく耳にする言葉ですが、これがどういうことなのか、懇親会で聞いていて少しわかった気がします。子どもが本当に辛い時は、「そうだよね、辛いよね」と言って、気持を受け止めることが大切なのだなあとあらためて思ったのでした。

親も同じですよね。非常に辛い時は、あれこれ助言されるより、じっくり聞いて欲しい。助言や経験談が活きてくるのは、その人が安心して思う存分話を聞いてもらってからのことだろうと思います。


さて、一次会の後、さらに二次会へ。○さんと私の2人だけがカラオケに行こう!と息巻いたのですが、なにしろ二名だけ。あとは皆、さらにおしゃべり希望ということで、結局お茶飲みとなりました。○さんと私は、今度カラオケ好きのメンバー誘って、リベンジだ~!