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学習会から 12

学習会のお話の続きです。

子どもが得意苦手を持っていればいるほど、親はわかっちゃう。うちの子は悪くない、ここが苦手なだけなんです、とわかるので、「ここさえ私が補ってあげれば、この子は苦労しないのに、どうして補ってあげるのが悪いんですか、という風になりがち。

だから、私は誰も悪くないと思います。どういうふうに教えていくかということを、一緒に考える専門家が少なかったのだなと思う。なので、診断名とか心理検査とかいうものの目的は、「自己理解とか自己コントロール、他者へのお願いとか、自己決定の仕方」を教えていく上で、教え方を工夫しないといけない時のためであり、ラベリングをすることが目的じゃない。どういう風に教えたら、この子には入るだろうか、というのを知るための一助として心理検査をすることも診断名をつけることもあるということ。以上の話が、年齢を考えるということ。


二番目に考えることが、欲求レべルということ。心理学では、有名な「マズローの人間の欲求」というものがある。マズローという人は、こういうような図(ネットでも出ていると思います・・・管理人)を考えて、このピラミッドの下の方から順番に満たされていく、とても良いだろうというふうに言った。


一番下が、「生理的身体的欲求」。寝るとか食べるとか。それが満たされて、次に出てくる欲求が「安全欲求」。安心なところでいつも暮らしているかどうか。それが満たされて次に出てくる欲求が、所属先が欲しいなあとか、愛情を感じたいなあという「所属・愛情欲求」。それが感じられてさらに次二」出てくるのが、「セルフエスティ―ム欲求」。上手い日本語がないのだが、「自分はけっこう、生きててもいいじゃん」ていう、自分がけっこうやれてるんじゃないかという自己肯定感。で、その上にそれが満たされると出てくるのが、「認知的欲求」とか、「審美的欲求」や、「自己実現欲求」。


後の心理学実験や研究で、必ずしも下段階から満たされるわけではないということが、証明されていて、つまり、マズローの理論はくつがえされていて、入れ替わる人もいるというのは、わかっている。けれど、マズローの考えは、発達支援に携わる人たちには、ものすごく大事な概念だ。


だから、たとえば、生理的身体的欲求というのは、寝れているか食べれているか。案全欲求は、安全が守られているかどうか、なので、たとえば告知した方がいいだろうかとか、自己理解を深めさせたいんだけどどうだろうか、というような御家族や学校の先生からの相談は、これでいうと、認知的欲求になる。


でもよくよく聴くと、寝れてない食べれてない、学校ではいじめがある、学校にも行けてない、となると、全然前の段階から欲求を満たしてあげないと、とても自分を知りたいなんていう気持ちには達せないわけなんですよね。大事なのは、これも高山けいこ先生によく習うんですけど、子どもだけにあてはまることでは決してなくて、まず考えたいのは、おかあさんがマズローの図で言えば、どこにいるか、だよねえとと高山先生は言う。


中途半端ですが、時間がないので、また後日。