鳥3

鳥4

鳥2

鳥1

自分が何者であるかは、自分が決めるのでいいんじゃない?

BSテレビで時々放映される番組に、アメリカ人の俳優たちへのインタビュー番組があるのですが、私はそれが好きで、時々楽しんで見ています。先日は、「トムクルーズ自らを語る」を観ました。

ああもう、トム・クルーズ見た目もかっこいいけれど、語っていることもかっこいいのでした。例えば、「問題にぶつかり乗り越えるのが人生」とか、「自分が何者であるか、自分で決める」「人生を作るのは自分。自分の問題を親のせいにしたくない」

自分が何者であるか、という表現、日本人はあまり使わないような気がしますが、私は大事なテーマだと思うのですよね。そう言えば、先日チャリティコンサートで同席したある児童文学者の方は「大学へ行くのは私が私になるため」なんて言われてましたっけ。

前置きが長くなりましたが、昨日午後の分科会では、私は青年と大人が語り合う分科会の司会を担当したのですが、後から思い出すとへたな司会で申し訳なかったです、ほんと。それはそれとして、青年たちの発言を聞いているうちに、私は上記のトム・クルーズの言葉を思い出していました。今回のつどいに参加した若い方たちは、不登校や引きこもりという事態に直面した経験を持っているわけですが、その後、あるいはこれから再び自分の人生を作ろうとしている人たちなのだなあと感銘を受けました。

不登校という経験は、否応なく、人を、これからどうしたらいいのだろう、どうやっていったら良いのだろう、などなど考える作業へと誘うのではないでしょうか。それって、まだ若いから大変だろうけど、素敵なことじゃないでしょうか。世の中の不登校に対するイメージはまだまだ貧困でネガティブだから、多くの人はこのこと、知らないでしょうけれど。

昨日の午前中の青年の体験発表や、午後の分科会での発言を聴きながら、どの子も素敵な大人になるだろうなあと思ったことでした。そして、そこには、たぶん「大人になるって楽しいよ、社会へ出ることは怖くないよ」と伝える大人、子どもにとって魅力ある大人たちの存在が必要になってくるのでは。まだ続きがあるけれど、後日に・・・。